今回は、まつもとりーさんを取締役CTOとして迎える理由、そして、ぼくたちが何を目指すのか、という考察をしてみます。
地球と人間の問題の多くはバイオ
人生は、言語、宗教、教育、金融、交通、通信、エンターテインメントなどのアート(人が作り上げたシステム)によって実現するとして、アートは、エネルギー、生命、食料、材料素材などのネイチャー(自然の事物)に立脚します。地球に補給される唯一のエネルギー源は太陽光であり、光合成は光エネルギーを固定するための優れたメカニズムです。化石燃料は太古の動植物の炭素からできており、光合成とCO2は太陽エネルギーのバッファーだから、地球の運命に直結して当然です。ゆえに食料もエネルギーも、人類生存にとって重要なネイチャーの多くはバイオ問題といえます。ヒトが宇宙に進出する時も、ロケット開発よりバイオ問題の方が重要かもしれません。ところが、生命という謎のシステム理解に、人類は難渋してきました。生命は、宇宙をみわたしても地球以外みつからない特別な存在であり、また複雑です。30億年の歴史を持つ地球生命に、抗体遺伝子という暗号(コード)を切り口にして挑戦しているのが、COGNANOです。
一方、ウェブは人が作った世界(アート)だったのですが、いまやウェブ自身が自律性やリアリティ(すでにバーチャルではない)を持つ世界に進化しているようです。まつもとりーさんの眼には、ウェブ世界が生命性を獲得していくありさまが映っているとのことでした。どうやら、アートだったウェブは、ネイチャー(っぽい方向)に向かうらしい。もしウェブが生命体なのだとすると、発生から30年にして、すでに大きな進化を遂げているわけで、バイオでは絶対に見ることができない「リアルタイムに進化を目撃する」ことが、ITエンジニアには当たり前の日常であるはずです。
25年前、頭に浮かんでいたイメージがありました。丘の上から、100万のバイオシティーを眺めて、その全てを把握することは可能か、という問いでした。
その問いには、イエスと答えることができるようになりました。ではいま、ITエンジニアと共に目指すべきビジョンは?
膨大で多様なバイオ情報を認識する方法論
それは「進化するように」生命認識が自動生成していく世界ではないかと思っています。
VHH抗体は物質であるばかりではなく「巨大情報」です。この世に1,000万種の生物がいて、それぞれ10〜1,000万種のタンパク質を発現しているとすれば、地球上には1〜100兆種類(1012〜15)のタンパク質、つまり抗原が存在することになります。ところで20種類のアミノ酸でコード化される抗体配列の組み合わせは、少なくとも(次世代シーケンサで判読できる配列の範囲だけで)2050通りの可能性がありますから、全生物の分子情報をカバーする「ウルトラサーバ」として、すでに十分です。たとえば、新型コロナの変異α, δ, ο型をカバーする全VHH抗体配列を帰納的に解読したら、「ウイルス変異に対応する獲得免疫の構成」を演繹的に理解することができます。今回のパンデミックにおいて、たくさんの有用抗体が報告されましたが、COGNANOは独自の視点から、変異するウイルスに対して演繹的認識に到達し、オミクロンにも効き続ける抗体を報告しています。以下がその論文のプレプリントです。
ぼくたちの認識のスタイルは、アルパカから湧き出しウイルス変異と紐付けできる(帰納法的な)抗体配列情報と、マシンラーニングによる分子間相互作用の演繹的セオリー発見の、両者のキャッチボールから産まれるものです。この認識単位が、COGNANOのエンジンです。実用的には、次の変異が来ても各論対応ではなく、インシリコで迅速に創薬予測できるようになったりします。従来のバイオでは、各論の「成果」が得られれば、充足する場合がおおかったのでした。なぜなら、演繹的セオリーに至るためには、標準化された膨大なデータが必要で、取得することは不可能だったからです。
COGNANOでは、計算機科学によって「未知のがんマーカーを発見する」などの認識単位も積み増しています。COGNANOのマシンラーニングチームは、複数のユニット稼働の結果、帰納的なデータがなくても、最適解を機械が予言するようになる日が来ると考えています。人間でいう「仮想法(Abduction)」に似た創発、つまり「経験してないのに(個別実験もしてないのに)わかってしまう!」が起きるようになります。
また、VHH抗体を検知ツールとして使用すれば、ウイルス感染や心筋梗塞など様々なパーソナルモニタリングが可能となり、IoTとして役立てることができるようになります。この意味は、カルテやアンケートや画像などの情報ではなく、分子データが、直接的なサービスに使用されるようになる、ということです。実用化においては、量産化や標準化にすぐれた点を活かし、VHH抗体は有用物資になります。つまり巨大情報(ソフトウェア)であると同時に、そのまま有用物資(ハードウェア)としても使える、バイオでは稀なケースです。
さて今回のパンデミックでは、治療ではなく「適切な判断をしたい」だけなのに、PCR検査場や病院に並ばなければならなかった……外来はコロナかどうかわからない患者でいっぱいになった……どこか違和感がなかったでしょうか?「戦時中だから」不便でも不平が言いにくかったのかもしれない。安全と医療の情報が、検査動線のどこかで混線しているのかもしれない。
21世紀後半の人類は、病院任せにしていたヘルス(感染症、がん、遺伝、疲労、寿命、精神状態などなど)を自分でチェックできるようになった。難しいバイオ知識もスマートスピーカーが教えてくれるようになった。小型デバイスで取得された情報は、スマホを経由して匿名で集積されるようになり、70億人分のデータが同時に解析されて、人類の健康という無形資産は増大した
ここに書いたシナリオは、まだまだ「知恵と工夫が未来を創る」式の世界観に基づいています。今後ヘルス情報の扱いは、さらに個人にシフトするでしょうし、増大するユーザ情報は、より深く正確なフィードバックをもたらすようになるでしょう。本来あるべき姿だし、そこに大きなビジネスが生まれるのは確実です。
新しい認識は新しい世界観を生み出して行く
でも、まつもとりーさんたちと一緒にやろうとしていることは、もっと長射程のビジョンです。ぼくたちは、自動生成的に意識変容が起こるような気がしているのです。パンデミックを体験したぼくたちの世代はもう、「スペイン風邪」のように天変地異で済ますことはできない。なぜなら、ぼくたちは生命理解へのプローブを手にしており、しかも、ウイルスも人間も、共通の生命原理のうえで存在していることを、既に知っているからです。バイオの視点が変われば、お金や消費や環境も、すこし違って見えるようになるかもしれない。今だって、ヒトは病気になれば、健康と命が一番だと感じてしまう、か弱い存在です。気がつくと、まつもとりーさんはじめCOGNANOに集まりつつあるITエンジニアとそんな話をするようになっていました。
資本やエネルギーが世界のあり方を変えるように、バイオが世界のあり方を変えていく。ひとりひとりの生命認識が集まって、集合知として生成されていきます。VHHデータはネイチャーそのものです。創業以来、COGNANOはネイチャーから学んでアートの方向に引き寄せ、演繹的な価値を抽出することができるようになってきました。これからは、ネイチャーに忠実でありつつ、それを超えて新しい世界観が生まれる時代に入って行きます。生命観は進化し、デジタルネイチャーと言えるものになるかもしれません。そのような認識が生まれる空間はウェブであるはずです。準備は整いました。
これからのCOGNANOにご期待ください!