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COGNANOのいむらです。前回から引き続き、ITエンジニアから視える景色に立ってみる(中編)です。

薬のもとになる物質はどこにある?

創薬の歴史で、理論だけでデザインされた例はまだありません。ゼロからの設計ができるほど、ぼくたちは生物のことを知りません。じゃあ生物に影響をあたえる物質(クスリ)はどこで探すべきでしょうか?太古から薬草(タバコや大麻もクスリです)やクマの肝をすり潰して薬に用いてきたのですが、人間が人工的な薬を作り始めたのは、ドイツ化学工業が発展した19世紀からでした。その後、発掘の対象は、地球上の生物に移ります。20世紀は、ジャングルで微生物を採集し、そこから抗生物質などを発見しようと努力した時代でした。このように、化学工場から、あるいは、自然から採集された候補物質のストックは、今では10億種類とも100億種類とも言われています。製薬会社は、大規模な化学ライブラリおよび抗体(ペプチド)ライブラリを保有し、その中から有効なシーズを掘り出すために日夜スクリーニングしています。

Library Logistics: Managing Comprehensive Compound Collections - Drug Discovery World (DDW)
Library Logistics: Managing Comprehensive Compound Collections By Dr Jorg Kroll and David Booth Compound management may seem straightforward but in reality, as the number of new compounds increases dramatically year-on-year, the management of large collections has become increasingly challenging. As highthroughput technologies have become the norm, Bayer HealthCare, a global healthcare company, has seen its [...]
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抗体を薬にするロジック

化学薬品に加え、この20年は抗体医薬が登場します。乳がん治療薬ハーセプチン、腫瘍免疫薬オプジーボによって、抗体の力でガンでさえ治癒できる、と知られるようになりました。どうして抗体は創薬に適しているのでしょうか?

生物は、個体→組織→細胞→分子→原子というスケールに分解できます。病気とは、個体が不調に陥っている状態の総称ですが、不調を改善する物質なら何でもクスリです。では、薬はどこに効くのでしょうか?クスリの本質は細胞への命令(コマンド)であり、コマンド受信は細胞の構成分子が担っています。ある分子だけに特定のコマンドを入力できる物質が「クスリ」で、多くの標的分子が知られる現代においては、抗体という物質が最有力候補です。なぜなら、標的分子に対する結合の特異性や強度にかんして、抗体以上に作りやすいツールはないからです。また、抗体という物質集団はもともと体内に存在しているので、毒性・副作用が低いことも強みです。その意味で、抗体は当面、薬の主役であり続けるでしょう。

とはいえ、抗体医薬が成立するためには、課題があります。

  1. 生物の抗体選択ルールがブラックボックスである
  2. 取得しにくい抗体が存在する(努力にもかかわらず成功していないフィールドがある:生物が回避しがちなのかも)
  3. 標的(エピトープ)を狙いたいが、デザインできない
  4. パンデミックのように標的が変異すると、抗体は無効化される

この限界を突破できるのか?可能だとすれば、どうすれば抗体能力を引き出せるか?そもそも生物はどのくらいの抗体作成能力を持っているのでしょうか、、、

前回のブログで、「手仕事でバイオデータを極めるには400万年かかるのね」という弱音を吐いたのですが、じゃあ抗体は、400万年分のデータを取得する方法になりえるでしょうか?

生物の演算能力を数量化してみる

ヒトやアルパカなど大型の哺乳類は40兆個の細胞からなり、抗体を作るリンパ球は1兆個あります。単純化するため、1兆個の細胞が抗体遺伝子組み換え(体細胞ハイパーミューテーション)を起こすと考えます。最速で1日2回の変異が導入され、抗体が完成すると考えられる2ヶ月という期間には、120回の変異が出現します。1兆個( 1012{10^{12}})の細胞が分裂するたびに、2の120乗回の変異チャンスがあります。2の120乗(〜 1036{10^{36}})の1兆( 1012{10^{12}})倍は、 1048{10^{48}}のチャンスです。

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別の角度から考えます。抗体の最適化は、アミノ酸50個程度の超可変領域を変異対象とします。アミノ酸は20種類存在するので、理論可能性は、 2050{20^{50}}通り(=1x 1065{10^{65}})の組み合わせです。 1065{10^{65}}通りの可能性のうち 1048{10^{48}}回、体内で遺伝子変異を起こしてみると言うリアルトライアルを通して、ぼくたちの体内で最適解に至っていると解釈できます。これは生物が行う最適化演算であり、プロセスはブラックボックスであるが、長い進化の歴史から、さまざまな安全装置が作動する成熟した計算システムであると考えられます。自己に不利な変異は排除する、役に立たないような配列(たとえば立体構造を取らない配列とか、同じアミノ酸が延々続くとか)はそもそもトライしない、などのアルゴリズムを持っているにちがいありません。この選択システムで有用と判断されなければ、分裂停止し淘汰されます。ヒトのからだは 101314{10^{13〜14}}の細胞サイズなので、本当に必要な抗体産生細胞しか収容できませんし。

アルパカVHHシステムを使った方法の強みを、ぼくたちはこう考えています。

  1. 抗体選択プロセスを電子情報としてトレースすればよい
  2. 抗体変異は確率的なので、膨大な遺伝子情報を保管し、有用性を解析するシステムがあればよい
  3. 特定の標的領域に結合する抗体群を炙り出す計算手法を開発すればよい
  4. 変異にかかわらず普遍性を期待できる抗体を予見し選択する方法を見つければよい

このようなシステムで、取得困難だったシーズを超高速に出せるはずです。生体の免疫システム(最適化演算)情報は、だから、ロジックベースの抗体デザインへの早道であると考えています。試験管内の抗体チェックは人工的でノイズが多く、生体内での標的分子との相互作用とは結果がかなり異なります。その意味でも、アルパカの体内でリアルで起きたことは、ぼくたちの体のなかでも再現されるはずです。だから、ぼくたちにとって、アルパカは単に動物ではなく、最適かつ精度の高い探索プローブをほとんど無限に情報化してくれる「生きた超高速演算マシン」なのです。給電は必要なく、干し草と水で満足して24時間計算を続けてくれています。

長くなってすいません、中編ここまで、後編に続きます。